音国史(中国史と音楽レビュー)

音楽・ゲームブログ担当(K)歴史・小説コラム担当(T)

北伐期の魏将たち 魏の名将、良将たち①

切られ役の武将たち

 諸葛亮の北伐を描いた演義では、孔明に翻弄される様々な魏将が出てきます。筆者がそういった将軍を調べたところ、正直演義以上の叙述はなかなか出てきません(惨敗とか討死は、さすがに基本ないですが)。
 そんな中で、敵役としてもよく目にする張郃と郭淮ですが、特に郭淮は出身がよくわからないと思いますので、ここで紹介しておきたいと思います。

実はお偉、張郃

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↑軍師联盟の張郃。ドラマ内では完全に噛ませ犬役です。死地に向かう際になんとも言えぬ悲壮感が漂っていて可哀想…

 さて、張郃ですがデビューは劉備と同じく対黄巾賊で、出身が冀州であったことから、韓馥から袁紹へというこの地域の住人らしい主君に仕えます。出世のきっかけは公孫瓚との戦いであり、根っからとは言わずとも、名門の出身に敬意を払う仕え方ではあったようです(官渡の戦い前に不利を説いています)。

 そこからはおよそ演義と同じ推移ですが、特徴的なのは定軍山の戦いで、夏侯淵が討ち取られた時に張郃を強く推薦した一人が郭淮でした(涼州征伐で主将の夏侯淵に張郃は従っているので、その辺りの人間関係も繁栄されているのでしょう)。

 街亭の戦いでは、演義では司馬懿の命令のように描かれていたと思いますが、実際は張郃は特進という三公に近いレベルの臨時の地位を与えられており、馬謖を打ち破ったのも独自の動きになります。
 そんな功績があったのに、皇族の曹真亡き後に司馬懿に従うのは、複雑な気持ちだったでしょうし、案外司馬懿に謀られての討死も、意外とありえるのかなとは思います。

郭淮

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↑こっちは郭淮…イケメンですけど出番少なし

 次に郭淮ですが、この人は太原郡の人なので、呂布や張遼などに近い出身となります。出世のきっかけは孝簾であったので、本来は文官ですが、曹丕に着目され、更に曹操の漢中征伐に直接従ったのが運命の転換点だったと思います。先ほどのように夏侯淵の司馬として張郃を推薦したり、関西の方面を担当するようになり、それが一生続くことになります。最初は曹真の長史スタートであり、事務方のトップとして、張郃と楊秋(元の韓遂、馬超の勢力の一人)を監督するなど、ここでは張郃と立場が逆転しかけています。

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↑真・三国無双の郭淮は常に死にかけているイメージ(泣)

 姜維と戦ったりしたことなど、後は演義と同じようなイメージですが、記録を追っていくと、演義よりよく負けている気がします。珍しい例でしょう。
 驚きなのが、甥や姪が西普の外戚につながっていることであり、かの悪女皇后賈南風の母が姪という何ともいえないつながりがあることで、戦の勝敗だけではなく、雍州刺史等西方の働きがかなり評価されていたと言えるでしょう。
 真面目にさえ、頑張っていれば人間何とかなるという、昭和っぽい珍しい例という気がしてなりません。

 

(T)

YMO / TRANS ATLANTIC TOUR

やっと?出た...

去年、久しぶりに邦楽CDを買いました。『ジュリー祭り』以来かな。邦楽を聴かない訳ではないが、大体サブスクとYouTubeで楽しんでいる。スタジオアルバムについては洋楽も同じで、もうほとんど買わない。というか家にあるものは殆ど処分した。逆にDeadとZeppelinを異常なくらい買っている(笑)。あれは半分お布施というかファンアイテムだと思っている。いや、Zeppはお布施にすらなっていないんだが(汗)。

アルバム紹介

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YMO / TRANS ATLANTIC TOUR LIVE ANTHOLOGY

内容:★★★★☆

値段:クソ高い

昨年一部で話題になったYMOの1979年ツアー音源ですが、実際には90年代からちょこちょこと出ていて2000年代の箱にもそれらのうち数公演収録されていたはず(未購入)。今回はBOXという形で5公演+映像というがまとめられ、音が整えられて綺麗にパッケージされた。

以前からYouTubeにも動画が上がっていてそちらで楽しんでいましたが、やっぱりフィジカルで保存したくなって購入。5公演+映像で23000円強…うんタカイナ…。

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↑Blu-rayを収納するトレイは安っぽいペナペナの材質。23000円も払っているのに...僕は箱モノを散々買ってきていますからここらへんはうるさいですぞ(老害ジジイ)

箱の中には紙ケースにCD5枚、ちょっと厚めのケースにBlu-ray、後はブックレット。シンプル。Blu-ray収納のケースはちょっと安っぽい。ブックレットは充実していますが、ここはチケットやポスターのミニレプリカを入れるくらいの気概は見せて欲しかった。縦長箱はブックレットのためかもしれませんが、この内容物ならCDサイズの箱が良かった。収納もラクだしね。

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所謂ニューウェイブの括りとして捉えられることが多いが、(もうかなり繰り返し言及されていることではあるが)これはフュージョンだと言ってもいい。ニューオーダーのような演奏が怪しい(失礼)奴らとは違う。フュージョンといえばなんか馬鹿テクというイメージがあるが、いや、それがサポートメンバー含めてみんな猛者達なのですよ(ちなみにヴォーカルに関してはグレイトフルデッド並みに頼りないが...)。元々そちらの畑である渡辺香津美は言うまでもないが、細野さんのベースが踊ること。そもそも今回のミックスはベースの音を大きくしているのだ。リズムセクションが中心となっているミックスのおかげで随分とすっきりした空間が出来た。実際は人力なのだがより“テクノ”ぽい感じがします。教授が時々変な音を出すけど(笑)、ずっと聴いているとなんか良質のジャズを聴いたような疲れが溜まる。

『パブリックプレッシャー』ではギターソロの部分をを教授のキーボードソロでオーバーダビングしたのですが、今回はその部分を本来のギターソロと教授のオーバーダビング部分を併せて収録しているようです。そう言われて意識して聴いたら、確かにそんな気がする(笑)。そもそも『パブリックプレッシャー』だって最後に聞いたのが20年くらい前の話。忘れていました(汗)。こういう、まるでザッパのようなことをすると「余計なことをするな」というオリジナル録音至上主義者が出てきて文句を言いそうだな。

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ちなみに1番好きな曲はやっぱり「テクノポリス」かなぁ。最後にずっとしつこくリフレインする部分が堪らない。でも後世への影響力といえばやはり「東風」だと思う。この“エモい”感じのアジアの風を感じさせるメロディーを作るのが上手い。哀愁漂うシンセポップという意味ではクラフトワークの流れを間違いなく汲んでいるのです。「東風」に限ったことではないけど、久しぶりにライブで改めて聴き直すと、香津美先生(お若く髭なし)のギターが大々的にフューチャーされている。これは最高のフュージョンだ(しつこい)。

NEW WAVEとしての彼ら

皆んなビジュアルもイケているし、その後のUS、UK勢との交わりを考えると改めてその影響力は大きい。1番好きなアルバムは『テクノデリック』か、そもそもメンバーそれぞれのソロを聴くことのほうが多い。『ごはんができたよ』『B-2 UNIT』『音楽殺人』、90年代には彼らのアナログが安かったから買いまくってXTCやOMD、ペットショップボーイズ、ニューオーダー、ノイバウテン、DAF、Yazoo、クリムゾン(ディシプリン期)らと同列で聴楽しんでいました。当時はオルタナ、デジタルロック全盛期でしたが、それらと同時にノイ、カン、グルグル、タンジェリンドリーム、アシュラ、勿論クラフトワーク等ジャーマンロック(アヴァンギャルド、電子系)も聴いていました。

ニューウェイブとは何かと言われれば、リズム革命だったと思います。もちろんYMOもその一翼を担うわけですが、このライブはそんな小難しいことは関係ない。ギター入りということで非常に生々しいロック的ダイナミズムがある。だからこそ今回購入しようと思った訳です。よりプログレ、テクノ的な文脈で捉えられるクラフトワークとは異質の、日本が誇るスーパープロジェクトがYMOだったのかもしれません。

今の時代クラフトワークとYMOを較べることもないと思いますが、クラフトワークの作品が描く世界観をアシモフやチャベックの小説のようなザ・ロボットだとすれば、YMOは攻殻機動隊に出てくる芸者ロボットのような感じだな(笑)。

まだ出せ、もっと出せ。NHKよテープを探してくるのだ!

なによりもコンサート毎に音質が違う。勿論だがアドリブは違うしミスともアレンジとも言えない絶妙な変化もあるし、5公演を聴く動機づけはしっかりと存在しています。別にディスる訳ではないけど超絶技巧曲のプログレバンドのライブ音源の場合は、アレンジが固定されていてライブ毎の違いを探しても間違い探しをしている感覚に陥ることが度々ある。

翌年後半にもワールドツアーを行っています。そちらもダイジェスト版が96年に早々と音盤化されていて、ファンは長年愛聴してきました。極端な結論を出せば、今回の箱(+『公的抑圧』)、この『WORLD TOUR 1980』と『武道館 1980』、『アフターサーヴィス』でYMOのライブ入門は果たしたと言える。それでも足りないなら他のもどうぞ、という感じ。

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↑『WORLD TOUR 1980』。所有していたものは帯無しでした...ガックリ...。昔は帯なんて気にしないでほおっていたからなぁ。もう一枚買おうかなぁと値段を調べたら今はプレミア価格で取引されてる。5000円かぁ...

で今回のブログのために『WORLD TOUR 1980』をわざわざ実家から引っ張り出して来たので、久しぶりに通しで聴いてみました。ミックスバランスの違いもありますが随分と異なる印象を受ける。『WORLD TOUR 1980』は、よりテクノポップ〜ポップに寄せてきている。前年(1979)の方はヴォーカルの割合が少ないからかソリッドなのは間違いないのだが、僕がイメージするテクノポップとしてのYMOは間違いなく『WORLD TOUR 1980』の音です。こちらも現代的なミックスで聴きたいなぁ。

何?Atlantic箱のミックスより昔の方がいいって?『フェイカーホリック』を手元に置いておけばいいだけでしょ(笑)

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↑『World Tour 1980』のCD。(元々)何故か内ジャケ無し…此れ(『WORLD TOUR 1980』)といい今回の箱といい2005年のBOXといいYMOはなんかパッケージの魅力に欠けるんだよなぁ…。

 

結論:
お値段は張りますが、プレミア価格が付く前にさっさと買っておくが吉。最近コンサート毎に再発されていますが、美麗ブックレットのためだけでも是非箱で入手することをオススメします。

いや、これは日本のライブ史に残る歴史的な傑作箱だと思う。最高のライブが5公演も聴けてしまうのだ。このまま1980年のほうも…

 

 

 

(また複数のブログ記事を合体させたので歪な内容になっちゃった…気が向いたら訂正します)

(K)

 

Grateful Dead / Dick’s Picks Vol.28

Deadの登竜門

『Dick’s Picks』シリーズで、グレイトフルデッド の魅力を知り、そしてずぶずぶと沼にハマっていった人も多いでしょう。僕も正にその1人で、その敷居の高さ(英語と郵送)からテーパーのヒエラルキーに参加できず、オリジナルアルバムでは物足りなさを感じていました。デッドの真髄であるライブ音源を体験できずに地団駄を踏んでいた時にこのシリーズに拾われました。

現役時代の不毛なライブ盤たち

公式ライブ盤といえば『ライブデッド』『スカルファック』『ヨーロッパ72』『スティールユアフェイス』『デッドセット/レコニング』『ウィズアウトネット』…あとは75年のアーカイブ音源だけ。“だけ”とはいうが随分とあるじゃないか!と思われる御仁もいるかも知れませんが、『スティール〜』『デッドセット』はイマイチな内容でノーカン(主観です)。ぶっちゃけその魅力を凝縮していたと言えるのは『ヨーロッパ72』と『ウィズアウト〜』だけ。他は枚数の関係で内容はいいけど時間が足りなかったり、選曲がイマイチだったりとデッドショウの魅力を伝えきれていたかというと甚だ疑問が残る。そもそもLPというフォーマットがデッドライブを伝える手段としては時間的な制約が多い。

最近デッドの公式がフルライブをアナログにしているが…僕は買わないですね。ひっくり返すのが面倒だし、それでショウの流れも中断してしまうし…主には馬鹿高いからね(笑)。

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『Dick’s〜』シリーズは36まで続いたけど、勿論その全てが素晴らしいという訳ではない。それでも今の『Dave’s Picks』の“残りカス感”はない。単純に倉庫(音源)管理人の趣味で選んだのであろう。絶対に聴くべき音源が数枚ありますが、今日は28を取り上げたいので、その他の必聴音源を列挙すると3、4、6、8、12、15、18、21、29、31、33あたりは必修科目と言ってもよい。2010年くらいまではこれらのアルバムを聴きまくったものです。

当時中国に長期滞在すると決めた時、これらpicks36セット分全部とツェッペリンのブートをiPodにぶち込んで飛行機に乗り、1年間は繰り返して聴いていました。

当時まぁ中国にもオールドロックぐらいあるだろうと舐めていたら、(僕が滞在したのは山西省のクソ田舎ということもあって)CD屋にはColdplayとかエルヴィスの、しかも偽物しか置いていない始末…トホホ。あっちで買った安物スピーカーがなんとも言えない音質で、結局ずっとイヤホンを使うハメになりました。ああ、あの一年は長かったなぁ。

アルバムレビュー

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Grateful Dead

『Dick’s Picks Vol.28』

(1973年2月26日と2月28日)

内容:★★★★★

archive.org

↑ 2月28日のアーカイブリンク

72年の、例えば『Europe 72』辺りのジェリーを聴くと意外とはっきりした起承転結があるソロを聴かせてくれる。73年を代表すると言ってもいい11月の『Winterland』は、もともとレイドバックしているデッドが更にトロトロで、クタクタになっている。冗談か本気かジェリーは「人気が出過ぎたから、ゆる〜いサウンドにして客を減らそうと思ったんだが…」とどこかのインタビューに答えていた。

そしてこの73年2月なんですが72年よりはゆる〜く、でも73年後半ほどトリップはしておらず、普通のロックバンドとしての体裁はちゃんと保っている。過渡期のはずだが、ちょうどいい塩梅で二つの時期の良い部分が迎合しています。直ぐにこのマジックは消えてしまうからこそ、73年2月は宝物なのです。

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特に2月26日の「Dark Star」を聴くに、かなりマイルスの影響を受けているのが聴き取れます。特に『In A Silent Way』やロストクインテット辺りのサウンドに近いものを感じます。悲しいかな、キース(ゴッドショウ)とチックコリアだと力量の差がありすぎてデッドに新しい変革を加えるまでには至りませんでしたが、明らかにサイケデリック期の「Dark Star」とは異なる緊張の糸があります。ジェリーは分かりませんが、フィルやキースがマイルスから何かを感じ取っていたのは間違いないと思います。そして73年のマイルスは既に次のステージに進んでいましたね。ゆっくりと変化していくデッド、激しく闊歩するマイルス、今もどちらも魅力を放ち続けています。

そしてもう一つの聴きどころは2月28日の「The Other One」。73年でここまで激しく弾きまくる演奏があったか。間違いなく73年のこの曲のベストだと思います。味があるかないかと言えば、また別の基準があると思いますが、単純にものすごくカッコいい(語彙力)。すぐに繋がる「Eyes」は平常運転ですが、「Morning Dew」の後半はまた激しめに演奏しています。前半のソロは「Europe 72」をなぞった感じですね。やはりライセウムの72年5月26日バージョンのソロは到達点と言っていいほどの感動的でした。

 

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↑ 『Winterland 1973』

大名盤で5年前くらいまでなら6000円くらいで叩き売りされていましたが、最近高騰気味?

グレイトフルデッド の全てのコンサートで最も好きなのは『Winterland  1973』に含まれる11月11日公演ですが、この2月のショウも劣らずに素晴らしいものです。

やっぱり「Dark Star > Eyes」というのは73年の華よなぁ。ここに「China Doll」が入るとより「らしく」なりますね。

デッドサウンドの変遷
ファン以外から見ればいつでもグダグダのラリラリに聞こえるかもしれないが、年によって全然サウンドが違う。70年から74年まではサイケデリック〜カントリー〜ジャズとメンバーチェンジを得てゆっくりと変遷していっている。

ピッグペンが主要メンバーから外れ脱退していくと共によりゆったり目のサウンドに進化(?)。正にこの72年後半から73年がターニングポイントでした。彼が居なくなってR&B色が一気に減ってしまうので、ファンによっては72年以降はイマイチ…という方もいるでしょう。

76年以降はゆったりサウンドを捨て、より明確にロックしています。78年はやけっぱちと言えるほどジェリーが弾きまくるので個人的には好きですが、味がないともいえます。

79年にブレントが加わるとレアグルーヴ(フュージョン)色が強くなって元々ないカドがさらに丸くなります。僕は、はっきりさせておきます(誰に向けて?)が80年代信奉者で、84年から85年にかけての、あのヘナヘナしたサウンドが大好き。84年の音源を聴かなかったらここまでデッドのファンにはなっていません。忌憚なくいえば、86年から88年はちょっと惰性だと思うこともあります。ブレントが小慣れてきてアレンジがちょっと単純になっている気がする。

89年以降本格的にMIDIを導入しますが、90年後半にブレントからヴィンス+ブルースに交代した後は、正直あまり熱心には聴いていません。やはりヴィンスの力量不足、ジェリーの体調不良など様々な要因がありますが新曲が殆どなくなったというのも大きいと思います。「Samba In The Rain」?いやいややめてくれ(笑)。

 

2000年初頭の時点ではデッドショウが今のように丁寧に製品化されるとは思っても見ませんでしたね。今なら73年ものなんて腐るほど発売されていますが、当時は70年代の全盛期と言われる時期の音源は貴重でした。

CDは絶滅するべきメディアと言われて久しいですが、僕らみたいなものにとってはお布施アイテム。今回のアルバムは分かりませんが、サブスクに参加せずアーティスト本人のサイトのみ購入できるCDとダウンロード販売という形式は、当面続くような気がします。

とはいえ僕自身はごく一部のアーティスト以外は、CDもLPも殆ど買いません。サブスクとフィジカルの併用、これが現代の非コレクター音楽ファンの形だと思います。だからこそパッケージやブックレットに拘ってほしいですね。

ここ半年は、ブログの更新が月1以下になっていますが、当面は細々と続けるつもりです。

 

(K)

 

 

イエと宗族

↑中国の家系図

 大学院時代のゼミで先生が、江戸時代の系図を調べていると養子の養子が結構出てきて、そうなると先祖とはもう血縁などないよな、ということを話していて、確かにその通りだなと思ったことがあります。

 日本も同じような傾向はあるとはいえ、中国人にとっての血縁が有名な氏族だと厳密に残っていることがあるのとは対照的であると言えるでしょう。

 今回はイエと宗族と題して、古代中国における血縁について述べていきたいと思います。

宗法について

 まず日本でのイエですが、イエの本質は経営体(家業、家産の維持)であるという研究がありますが、そう考えると必要な家主は家業を主導する人であり、家業に携わる人々にとっては自分と血縁が実際にあるかないかは関係なく、擬制的な関係で十分ということになります。

 さて、古代中国の宗族についてですが、宗法と切り離して考えることはできないでしょう。

 宗族と宗法という言葉の由来は、西周期にあります。殷王朝を倒して中原を手に入れた周王朝は、一族や功臣に土地を与え、恩賞と共に藩屏として周王を守る体制を作りました。

 このような制度下では、周王との血縁関係が周王朝における身分や地位を決めることになります。こうして生まれたのが宗法即ち宗主である本家との血縁関係を示す規則になるわけです。

 もう一つ、宗法の論文等ではあまり取り上げられませんが、初期の封建が終わった後のそれぞれの邦内では、大臣は別ですが、基本的には各君主の子はそれぞれ○氏とひとからげで集住していたと考えられています。春秋時代の集合墓の遺跡で、邑主と思われる人を中心に葬られていたものがありますが、それが邑の構成員としてのモデルと考えられています。春秋時代後期から戦国初期にかけて鉄器が大量に登場する前までは、中原の粘土質の固い土地は耕すのに限度があり、各戸が個別に土地所有するのは不可能でした。

 これは個人的見解ですが、こういった耕作に関する事情が、集住とその中での秩序をつけるための血縁関係即ち宗法の重要性を保っていた理由だと思われます。

 筆者は個人的に春秋時代の仕官の状況について調べたことがありますが、貴族の次男や三男と言った人々が、邦の枠を超えて仕官をすることはあったようです。金文の記名を見ると、どの邦からやってきた○○氏である貴族の○男というものが散見されます。

 但し、それがメジャーと言えるほどありふれていたかは疑問で、大々的に身分を問わず仕官ができるようになるのは、やはり戦国中期以降と言えそうです。

 いわゆる血縁は現代においても価値を保っていますが、血縁のみが基準という時代を脱するには、所有地が圧倒的に広がる春秋後期から戦国初期までが一つのターニングポイントということは変わらないと思われます。

 血縁重視は、時代が下ると国家に対する安全装置として庶民に広がる気がしますが、それはまた別の機会に。

 

 

(T)

魅力的な縦横家たちとその背景 春秋戦国⑤

“公孙衍、张仪,岂不诚大丈夫哉 一怒而诸侯惧,安居而天下熄”

 かなり久しぶりとなるキングダム戦国コラムです。
 皆さんは、キングダムではほぼ将軍としての活躍し化していない龐煖が、実は縦横家だったことをご存じでしょうか。
 今日は戦国七雄各国の運命を担って自身の出世と外交等に心血を注いだ魅力的な縦横家たちを紹介していきましょう。

縦横家とは

 さて、縦横家といえば、合従の蘇秦と連衡の張儀というイメージがありますが、当時の時代背景を踏まえながらどういった人々かを確認したいと思います。

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 戦国時代中期、商鞅の改革によって国力を増した秦は、他国を侵略しつつ自国の力を増していくことになります。
 昔何かの本で読んだ記憶がありますが、商鞅を殺した恵文王の時代はまだ秦と他の六国の差は、秦恵文王が巴蜀を征服してやっと二倍といったところでした。蜀も天府の国といわれるようになるのは、秦の行政官による都江堰の治水事業によるところが大なので、軍制の改革によって秦軍の地力が上がったこと以外は、まだ圧倒的な差は開いていないと思われます。
 ただ、秦は戦には強かったため、それを警戒して他国で同盟を作ろうという動きが出ました。それを提唱したのが蘇秦北の燕から南の楚まで縦に国が同盟するため合従と呼ばれました。

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↑『芈月传』といい『大秦帝国』といいドラマの恵文王はイケメンよな。息子たちはビミョー(笑)に描かれています

 一方合従の動きを打ち破るために秦恵文王が登用したのが張儀です。蘇秦と共に鬼谷子といわれる思想家の弟子であったとされる張儀は、滞在先(昭陽と言われています)で楚の宰相(楚は令尹が宰相ですが、上柱国というそれに近い官職もあるため、どの楚の相かははっきりしません)に盗難の疑いをかけられ、百叩きを食らったことから、楚を特に目の敵にし、復讐を最終的には成し遂げます。
 この張儀は、西の秦と東の六国を横に結び付けようとしたので、その策は連衡と呼ばれます。

 縦横家は、正直深い思想はありませんが、一応諸子百家に含まれます。

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↑龐煖 ドラマ版

 面白いのが、最近まで『漢書』芸文志に縦横家の書のリストが残っており(何と『龐煖』という書が記されています)、いわゆる学派らしきものがあったのかもしれません。ただ、書物自体は散逸したと思われていました。
 ですが、70年代の馬王堆漢墓から蘇秦の書簡や弁論を集めた帛書が出土し、他の書も発見される可能性が出てきました。
 更に、秦が圧倒的に強者となり、天下統一に近い荘襄王始皇帝の父)の代でも、縦横家荘襄王に停戦論を説いていた記録が出土しています。
 こう見てみると、我々が思っていたより、焚書坑儒のころまでは戦国の末期でも諸子百家が蠢いていたのかなという感が強まってきますね。

 

今回はその話と、趙の為に尽力した説客の虞卿について語っていきましょう。

①龐煖

 龐煖ですが、若いころは鶡冠子という学者に弟子入りしており、道家の一派ながら軍事に興味を持っていたことがわかっています。
 また後に燕の将として敵対、討ち取ることになる劇辛とも若いころから知り合いで、与し易しと評価されていたようです。

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↑趙武霊王

 書では趙武霊王と戦術や国家論を繰り広げますが、果たしてこれはどうなのでしょうか。武霊王が亡くなるのが紀元前298年、間に趙恵文王と考成王の治世を挟み悼襄王に将軍として登用されるのが、紀元前245年と50年近く経っていることを考えるとさすがに70代の老人を将軍に登用するとは考えづらいので、代は繰り下げるべきかと思われます。
 その後も趙王の顧問的立場として意見を述べたりしていますが、主に将軍としての活動に移行していくのです。

②虞卿

 同世代というべきかはわかりませんが、一世代前の考成王の時代に活躍したのが虞卿になります。この人は『史記』に列伝を組まれていることでも有名ですが、本名がわからない(卿は上卿の意味)にも関わらず、その鮮やかな知の切れ味によって感銘を与えるのです。

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↑平原君 

 虞卿が最も輝いたのは、応侯の敵討ちを妨げ、対象である魏の宰相魏斉を守り切ろうとしたことでしょう。応侯が濡れ衣を着せられ、復讐に乗り出すための壮大な物語は、宮城谷先生が既に小説にされているので詳しくは延べませんが、秦昭王は魏の宰相の地位を捨て、趙の平原君の元に逃亡した魏斉を捕らえるために、平原君を秦に呼び出し拘束して趙王に引き渡しを要求します。
 平原君は珍しく最初から男気を見せ、断固拒否しますが、趙王は引き渡しを決定します。
 魏斉が命綱として頼ったのが虞卿の元であり、魏から楚へ逃れようと発案し、包囲網をかいくぐって魏へ脱出します。
 魏では信陵君が魏斉を助けるのをためらい、後に有名になる食客の侯嬴に諮ったところ、
「人に知られるのも難しいですが、人を知るのも難しい。虞卿はたった三度の弁論で卑賎の身から宰相の地位に登り詰めたほどの男ですが、そんな男が友を救うためだけに全てを擲ってきている。その男についてお尋ねになるとは…」
と答えたため、信陵君は深く恥じ入り迎えに出ましたが、魏斉は自殺した後でした。
このように義に厚い男ですが、知恵の切れぶりも凄まじい者があります。
趙が大敗した長平の戦いでは、秦との主戦論と和平論が飛び交う中で一人、
先に楚と魏に近づいて見せかけの合従を組んだと秦に思わせ、秦を恐れさせて和平交渉をするように進言しました。
ですが趙王はそれを断り、和平交渉の使者を直接送りましたが、
「秦は使者をもてなし、和睦したように見せかけ、楚と魏が合従を諦めた後に手のひら返しをして、戦闘を継続するでしょうな。」
予言は当たり、そして趙は国が傾くほどの大敗をする羽目になります。
さらに、大敗後の終戦交渉で、六県を割譲するという条件で講和を結ぼうとしますが、その時に虞卿は
「それらの県を秦ではなく、斉に譲りましょう。すると秦は二国の同盟を恐れ、向こうから和議を申し出ます。そして秦から和議を申し出たと聞いた魏と韓は、趙を恐れ宝物を出しましょう。こうすれば斉、魏、韓と関係を深め、秦との立場を逆転することができます。」
この策はそのまま成功しました。

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↑虞卿 ドラマ版

虞卿はその明晰な頭脳によって、言ったことが全て当たるという遊説家の中でも一頭抜けた存在でした。長平の戦いで虞卿の策が取り入れられれば、趙も惨めな滅亡を迎えなかったかもしれません。


最後に楚を舞台に戦った、縦横家の代表張儀とそのライバル陳軫について述べたいと思います。

張儀

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↑勿論(?)張儀先生です

張儀については前々回にある程度述べましたが、彼が寄寓したと言われる昭陽は、屈原の屈氏、景氏とともに大臣を輩出する昭氏の一員となります。その父は昭渓恤で町がないようですが、年代的に子の代に当たるだろう昭雎との関係は不明です。
この人は宮城谷先生も書いているように恫喝や権力争いが好きであまり好きになれない人ですが、それでも楚で受けた冤罪を、愚かとはいえ楚の懐王に、斉と手切れすれば六百里を与えるという約束を六里の土地とすり替え、秦と戦争をすることで楚の衰退の契機とするという策略は珍しく支持してもいいと思わされます。

④陳軫

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↑陳軫

そのライバルが陳軫であり、張儀と同時期に秦に入国したこの二人は秦恵文王の寵臣となることを争い、張儀が採用されたため、陳軫は楚の令尹(宰相)となって対抗したのでした。秦というより張儀を嫌いぬいた陳軫は張儀の計略を打ち砕くことに心血を注ぎ、その間に楚に大敗北を喫して苦境に陥った斉を救ったりなど、活躍を見せます。
この人の一番冴え渉る説話は、皆さんご存じの蛇足、線功を挙げすぎた楚の将軍を退かせるために、令尹である将軍が功績を上げても位は上がらず、失敗すれば今までの功績が帳消しになるだけという論理を持ち出し、圧倒的優勢の局面から退却させることに成功しています。
仕えた楚懐王が滅ぶと、斉で重用されるなど、才能を存分に生かし、張儀のような没落がなかったという意味では、ライバルに勝ったといえるかもしれません。
縦横家いかがでしたでしょうか。秦では恵文王から五代+始皇帝に渉り活躍した人々、戦国策などに見られるその活躍は、現代でも使えそうな面白い要素がたくさんあります。
ぜひご自身でもいろいろ見てみてください。

 

(T)

Grateful Dead / Farewell "Steal Your Face"

Farewell 

  

グレイトフルデッドのボビーが亡くなった。ジェリーやフィル、ドナ、キースとフロントメンバーがお亡くなりになって、ある時代が過ぎ去ってしまった気がします。

デッドメンバー唯一のモテ男、ジェリーやフィルよりも年下で時には叱責されたりしながらも素晴らしいリズムギターでジャムの屋台骨を支え続けたその功績とサウンドは今後も色褪せることはありません。その風貌とリードギター故にジェリーが注目されがちですが、ボビーとフィルがいなければデッドサウンドは成立しなかったことは各々のソロプロジェクトが証明しています。ツインギターというとグレイトフルデッドではなく、ウィッシュボーンアッシュやイーグルスを思い浮かべますが、それだけジェリーの陰に隠れがちだったボビーの素晴らしいリズムを改めて今聴きなおすのもよいかと思います。

ボビーのニュースだけでは寂しいのでちょっとネタとしてブートCDのレビューを書いてみます。

 

1974年のFarewell

基本的にグレイトフルデッド の非公式盤は買わないようにしています。というか大半の音源は公開されていますし好きなショウは入手済み。敢えて非公式音源を買う必要はない。

アルバムレビュー

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Farewell "Steal Your Face"

1974年10月20日サンフランシスコ

内容:★★★

値段:激安(1000円以下)

ところが先日CD屋を覗いていると明らかにいつもの海外ブートレーベルとは違う海賊の香りぷんぷんと匂い立つCDを発見。74年10月20日の4枚組でサウンドボードとある。このデザインのジャケットは明らかにタラの雰囲気がする。そういえば90年代に数枚のデッドを出していたと聞いたことがある。

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ただそれだけでは購買理由にはならぬ。ちょっと気になったのが曲目不明の2枚目。フィルがクレジットされていることからまず「Seastones」に間違いありませんがCD1枚分収録するほど長いジャムだったかなぁ?

ということで買ってみました。

archive.org

アーカイブからこの日のリンクを貼っておきました

音質はそこまで悪くない。なんかちょっとAUDっぽい部分もあるけど、まぁこの音はサウンドボードなのでしょう。74年はあのウォールオブサウンドというスピーカーを積み重ねて、特にフィルの低音が会場全体に行き渡るように設計されたサウンドシステムを導入した時期。だる〜いデッドサウンドはこの時期まででフェアウェル(ごきげんよう)となってしまいます。ジェリーも76年以降はギターを変えますしダブルドラムになりますからタイトに変化すると同時に、この時期の“デッドらしさ”も失われます。

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デッドファンであれば特に好きな時期というのがあると思います。僕は73年2月、78年2月、81年3月、85年前半、89年10月以降あたりは今でも好んで聴いています。74年は(個人的には)当たり外れが激しい年で、曲もしくはセット単位では聴いてもショウを通して聴くことはあまりありません。長いしね。

この日(10月20日)はオフィシャルでも出ているので興味がある方はアーカイブを覗いてきたり5枚組の編集盤を買うのがいいでしょう。映像もあります。この時期の「China>Rider」は間違いなく名演なのでデッドを今から聴こうという方には激プッシュしておきます。76年以降(主に80年以降)とは全く別物です。

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あ、問題の「Seastones」、アーカイブの音源を聴いてみるに別の音源である気がするのだが…正直どうでもいいか(笑)

ショウについて

結局このショウについてはあまり触れていませんね。

正直に言えばこの日を聴くのであれば前日19日を聴いたほうがいいと思います(汗)。いや、敢えてこの日を薦めようか。何故ならもう限界にまで達した疲れを感じられることが出来るからです。その意味では「Stella Blue」(毎回薦めているな...)「Tennessee Jed」「Loser」あたりがおすすめ。逆に期待の「Eyes」はソロも纏まりがなく悪い意味でグダっている感じがしてしまう。前日と聴き比べるとその格差が面白い。

そもそもこの「サヨナラ」ショーを聴くなら、元気なサマーショウを聴いたほうがよい...といったら本末転倒か。

今の時代、ブートCD...しかもグレイトフルデッド関連なんて全く買う必要はない。ないのですが気になってしまったらもう買わない選択肢はない。まぁそのせいで今までも散々酷い目に遭ってきているのだが、それ以上に面白い出会いもあったのも事実。そもそもグレイトフルデッドアーカイブに触れられる者がテーパーというヒエラルキーによって限られていた96年という時代を、このブートを通じて味わってみたかった。当時の西新宿にも勿論デッドヘッズはいただろうが果たして売れたのであろうか。

僕らは情報過多のこの時代に生まれたので、デッドの聴き方も素晴らしい音源がどの日のどの演奏なのかが容易に知ることができる。でもお宝探しのドキドキはもはや無い。

当時西新宿でもしこの音源を買っていたらプレイヤーが壊れるほど聴いたと思う。

www.youtube.com

↑同時期の演奏。5分くらいからボビーが中心に映ったカットが始まります。この絡みがないとジェリーのソロも映えない


R.I.P. ボビー

現在進行形で楽しい音楽体験をさせてもらっています。

 

そう言えばまだ60周年の箱を聴き終わっていないのだが…ブログの更新が遅れているのも大半はデッドのせい(汗)。

あとチビスケに、大切な『Spring 1990』の箱とブックレットに判子を大量に押されてしまいました。すぐ大枚叩いてもう一箱買いました...床の上に積み重ねっぱなしにしていた僕が悪いんですけどね。

1974年音源についてはまた別の機会に触れようと思います。

 

 

(K)

ESOTERICのSACDたち

少しだけ買いなおしました(クラシックの少し→100枚)

最近クラシックをよく流すようになりました。チビちゃんがリビングで暴れていますから流石にハードロックは流せないし、クラシックは子供のIQを育むらしい(?)ということで…流石に『春の祭典』は選びませんが、大好きなブルックナーは毎日流しています。

20年前の留学を機に、クラシックとジャズのCDは全部手放しました。p2pでファイル交換がギガ単位で行えるようになった時代でもありYOUTUBEなど新しい波が押し寄せていたので、CDはもう要らないだろうと意を決して綺麗さっぱり売っ払った。そのはずなんですが…コロナ前後からまたちょっと、しかも昔持っていたものを買い直しています(馬鹿)。

アルバム紹介

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↑ドヤ顔ジャケット。ところで微妙なサイズの厚さなので合う外ビニールがなくて困っています。

オイゲンヨッフム

ブルックナー交響曲4番&9番

内容:★★★★

コスパ:★☆(6600円…)

最近ちょうどESOTERICからヨッフムの4番と9番のカップリングが登場。8番はハイティンクのが出たばかり、5番はヨッフムのコンセルトヘボウとの64年が単独で発売されていますから4番が選ばれたのかもしれません。5789に比べると4番はあまり聴かないのですが、このドレスデン版は相当良くないか?実はヨッフムの4番は初めて聴きましたが管の音に迫力はありつつも全く耳障りにならないという絶妙なバランス。

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↑何となく買っているが今更感があって数回しか聴いていない(汗)。でもやっぱりカラヤンのが慣れていてすきかもしれません

僕がブルックナーに初めてハマったのは8番。始めに買ったのはカラヤンで、その後チェリビダッケリスボン(緑のやつ)、ジュリーニと珍しく数種類買いました。何のことはない、銀河英雄伝説に使われていて聴きたくなったというだけの単純な話ですがブルックナーマーラーに出会えただけでも銀英伝には感謝しています。ブルックナーに関しては溜まったCDを聴き尽くしておらず次回以降のネタにするので今回は具体的には触れないでおきます。

ベートーヴェンブラームスチャイコフスキーなどに比べると人気の点で多少遅れをとっているブルックナー。鼻歌で歌えるメロディーは無い。ついでに言うとロリコンで偏執狂でもある(悪口)。いわゆるクラシック入門でもブルックナーが入っているイメージは出来ない(笑)。曲は長尺で繰り返しも多い。悪い言い方をすれば「垂れ流し」のように感じることもある。そしてやたら壮大なのです。いや最高ですわ(拝)。

これから聴くのであれば、8番から聴くことをおすすめします。シンフォニックロックが好きなら嵌るかもしれん(笑)。僕は(ブルックナープログレ)の順なのでその逆は想像できない。

ESOTERIC(プログレを再発しているUKの会社とは異なる→ややこし)

ESOTERICは他社からマスターを借りてきてリマスターして販売するMFSLのような会社。使用料や版権がネックになっているのか基本的に再発はしていないと思います。とはいえCD盤の後にLP版も発売するケースはあるようです。

ブルックナーはもちろんベートーヴェンマーラーシューベルトチャイコフスキーブラームスモーツァルト、バッハなどの有名盤や名盤が3ヶ月に一度くらい発売されますから僕のようなクラシックの上澄液だけをサラッと掬いたいロックファンには丁度良い。選盤については「?」となることも無きにしも非ですが、まあ買わなければいいだけの話。うちにも50枚くらいのESOTERIC盤があります。大半は交響曲ですが数枚お薦めをしておきます。

ブランデンブルグ協奏曲(リヒター)

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↑残念ながら現在はプレミア価格で取引されています

まず1枚だけであればカールリヒターの『ブランデンブルク協奏曲』。バッハの名盤をモダン楽器で演奏したものですが、ロック界におけるサージェントペッパーのようにクラシックファンなら大半の方が所有している鉄板アルバムです。ちょっとお堅い演奏が人を選ぶかもしれませんがリヒターの作品にある、厳しさというか冷たさこそ現代のブランデンブルクにはない面白味となっています。墓場まで持っていけるレベルのアルバムで絶対にお薦めです。大学時代からもう何百回と聴いていますし様々なブランデンブルクを探し求めましたが結局はコレがいい…というより聴き慣れすぎて贔屓になっているだけだと思います。『マタイ受難曲』『ヨハネ受難曲』はまだなのか?出たら2枚買いする予定なのだが。

マーラー交響曲1~4番

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アバド版。3番と4番がオススメです。『巨人』『復活』は別の指揮者が好み

次点でアバドマーラー3番でしょうか。こちらはベルリンフィルとの1999年ライブ録音盤。大雑把にいうとアバドベルリンフィル芸術監督就任以後の録音は、主張が少ないあっさりと聴かせる演奏が多い。でも曲の全体を把握してしっかりとオケをコントロールしていて非常に安定しています。ブラームス交響曲全集然りこのマーラー然り。特にこの3番は翳りのある明るさという非常に難しい長尺曲を弛緩せずにサラッと聴かせてくれる名盤。人気がある6番ではなくこちらを選んでくれたのは有り難い。濃いタレ味のバーンスタインかあっさり塩でいただくアバドか。年を取ったので最近はアバドで聴くことが多くなりました。上記のブランデンブルク協奏曲アバド指揮の映像がYouTubeにありますが意外と(失礼)いいのでお薦めです。

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マーラーもESOTERICからはそこそこ出ていますが、やはり今更感があってコレクションは数枚だけにしておきました

クラシックこそ本当の蟻地獄

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↑クラシック界隈で話題になったクルレンツェス盤。もうESOTERIC縛りとか関係なく話題盤は買っちゃう…
クラシックのCDは買うと本当にキリがない。Zeppのブートなんて未だお安く済むレベル(汗)。膨大な曲目があり、それぞれ指揮者別に複数のバージョンがある。勿論ブートや放送音源なんていうものも大量に存在します。例えばロックで5000枚といえばかなり立派なコレクションですがクラシックファンなら中級者レベル(←僕の偏見です)。僕はサブスクで十分楽しめていますし、経済的にも辛いですから集めません。だからこそESOTERICで出すような「誰でも知っている」名盤を数十枚摘んでまたいつものロックライフに戻ろうと思っています。なんて言いつつチェリビダッケの非公式盤を複数枚入手…こりゃダメだな

 

でもクラシックは200枚以下で止めるつもり。CDの山と暮らしたくない...

 

 

(K)